痛みは本人だけが自覚できる症状であるため、客観的な評価は難しいものです。また、病気の原因や治療法について研究する際には動物実験を行いますが、動物は痛みを訴えることができないため、データを取りにくいという問題があります。痛みを感じる脳は、他の臓器と比べて未だ未知の部分の多いブラックボックスなのです。
そのような経緯もあり、痛みの研究が目覚ましく進展することはありませんでしたが、近年の医学や生理学の発達に伴い、痛みのメカニズムが徐々に解明されてきています。遺伝子レベルで人体の仕組みを調べる分子生物学や、新しい機械を用いて脳の神経回路を調べる脳科学が発達したことが痛みの研究にも役立っています。
鎮痛効果のある薬剤
モルヒネ
活動電位が神経線維(シナプス前ニューロン)を伝わりシナップス前終末部に到達すると、グルタミン酸やサブスタンスPなどの発痛物質が放出されます。これらがシナプス後膜にある受容体に結合し、シナプス後ニューロンに活動電位を発生させて痛みが脳に伝わります。
モルヒネはシナプス前終末部のμ受容体に結合してカリウムイオンを放出させる一方、グルタミン酸やサブスタンスPの放出を抑制します。さらにシナプス後膜にあるμ受容体にも結び付き、カリウムイオンを放出させることでシナプス後ニューロンに活動電位が発生しないようにします。これらの働きにより、鎮痛効果が得られます。
リリカ
活動電位がシナプス前終末部に到達すると、電依存性カルシウムイオンチャンネルが開き、カルシウムイオンがシナプス前終末部に流入します。カルシウムイオンはSNAREタンパクと結合してその構造を変化させ、変化したSNAREタンパクは小胞膜とシナプス前膜に結合し、小胞内に存在するグルタミン酸やサブスタンスPが放出されます。その結果、活動電位が伝達され、脳で痛みを感じるようになります。
リリカ(薬剤名:プレガバリン)はカルシウムイオンチャンネルを閉じることにより、痛みを抑える働きがあります。シナプス前終末部にあるN型カルシウムイオンチャンネルはα1、α2、β、γ、δの5つのサブユニットが組み合わせにより形成されています。α2とδのサブニットが結合したα2δリガンドは正常な痛みの場合には作動しませんが、神経障害性疼痛が起こるとα2δサブユニットの発現が亢進し、電依存性カルシウムイオンチャンネルを活性化します。プレガバリンはこのα2δサブユニットに結合し、神経障害性疼痛の発生を抑えます。α1サブユニットを介した通常の痛みは抑制しないのが特徴です。
カロナール
妊娠中や授乳中、小児に多く用いられる解熱鎮痛剤にカロナール(薬剤名:アセトアミノフェン)があります。NSAIDsには催奇形性があり、胎児の動脈管収縮作用により胎児の身を危険にさらす可能性がありますが、カロナールにはこれらのリスクが少ないため、妊婦や小児にも用いやすい安全な薬といえます。
NSAIDsやステロイドは炎症を抑えることにより鎮痛効果を発揮する一方、カロナールの消炎作用は弱く、中枢の下降抑制系を活性化する独特の鎮痛作用があります。セロトニン作動性下降性抑制系の脊髄側索と抑制性介在ニューロンである中脳中心灰白質はシナプスでつながり、定常状態ではシナプス間に中脳中心灰白質側からGABAが分泌されてセロトニン作動性神経の活動を抑制しています。
アセトアミノフェンは肝臓でp-アミノフェノールに変化し、脳や脊髄に移行してAM404となります。AM404は体内で産生されるマリファナ様物質であるアナンダマイドを増加させ、中脳中心灰白質のカンナビノイドの受容体(CB1)を刺激してGABAの分泌を低下させます。その結果、脊髄側索からセロトニンが分泌されて鎮痛効果を発揮するのです。
局所麻酔薬
細胞膜の表面にはナトリウムチャンネルがあり、侵害受容刺激により細胞外からナトリウムイオンが細胞内に流入すると活動電位が発生します。その結果、痛み刺激が脳に伝達され、痛みを感じます。局所麻酔薬はナトリウムチャンネルをブロックし、活動電位の発生を抑えることにより痛みを感じなくさせます。
局所麻酔薬自体は陽イオンですが、水素イオンと結合した水溶液としてシリンジなどに詰められています。イオン型は細胞膜を通過できないため、通過する際は水素イオンが取れた非イオン型となり、細胞内に入ると再び水素イオンと結合してイオン型に戻り、ナトリウムチャンネルを細胞内から塞ぎます。