Burning Mouth Syndrome(BMS)と舌痛症は同じものとは言い切れませんが、同じとして考えても差し支えないと思います。舌痛症は神経障害性疼痛の一種との考え方が有力となっています。神経障害性疼痛に対しては三環系抗うつ薬か抗てんかん薬が第一選択薬ですが、舌痛症に関しては何から治療を始めるかいつも悩みます。
この論文では110名に対する治療を集計しています。結果は著名改善25例、中等度改善35例、軽度改善19例、不変31例でした。終診後に再発したのが2例ありました。
漢方薬 64例
立効散 56例
半夏瀉心湯 18例
アズレンスルホン酸ナトリウム 44例
ロフラゼプ酸ナトリウム(抗不安薬) 31例
クロナゼパム(抗てんかん薬) 14例
パロキセチン(SSRI) 8例
エスシタロプラム(SSRI) 8例
ミルナシプラン(SNRI) 2例
デュロキセチン(SNRI) 2例
アミトリプチリン(三環系抗うつ薬) 1例
簡易精神療法 33例
舌痛症の治療法
舌痛症の治療法
1.薬物療法
粘膜に異常が見られない典型的なタイプの舌痛症については、まだ明確な原因が特定されていませんが、神経障害性疼痛との関連を疑う専門家が増えてきています。神経障害性疼痛とは、さまざまな原因から神経が異常な興奮を起こすことによって発生する痛みのことです。国際疼痛学会によると、「末梢、中枢神経系の直接の損傷や機能障害や一過性の変化によって始まる、または起こる痛み」と定義されています。舌痛症患者の舌の一部を切り取って調べた研究では、神経線維の密度が低下して形態が変化していることが判明しました。また、痛みの伝達に関与するTRPA1や神経成長因子(NGF)の発現が見られたことから、舌に神経障害性疼痛が生じていると推測できるのです。
神経障害性疼痛の痛みは、三叉神経痛のように「突然強烈な痛みが短時間生じる発作性の痛み」と舌痛症のように「弱い痛みがずっと続く持続性の痛み」があります。持続性の神経障害性疼痛に対する治療薬は、三環系抗うつ薬と抗けいれん薬です。
(1)三環系抗うつ薬
基本的に、抗うつ薬は気分が落ち込んだり意欲がなくなったりするうつ病に対して用いられる治療薬ですが、他の疾患に対しても有効なケースが多く見られます。もちろん、舌痛症がうつ病の一種だという理由から抗うつ薬を使用するわけではありません。両者は全く別の病気であり、うつ病は心の病気、舌痛症は身体の病気です。ではなぜ抗うつ薬が用いられるのでしょうか。抗うつ薬は、うつ病に対しては海馬や前頭前野などの大脳に作用します。一方、神経障害性疼痛では同じ抗うつ薬が延髄や橋などの脳幹や脊髄に作用するのです。つまり、同じ薬であっても働く場所が違うということです。さらに働き方も違います。
抗うつ薬にはいくつかの種類がありますが、痛みに対してよく用いられるのは三環系抗うつ薬で、その中でもトリプタノール(薬品名:アミトリプチリン)が代表選手です。トリプタノールは神経障害性疼痛に対する治療効果が高い一方、眠気や口の渇き、便秘など副作用が出やすい薬でもあります。そのため、1日1回の服用量はまず少量の10㎎からスタートして効果と副作用を天秤にかけながら徐々に増量していき、十分に効果が発揮されればその量を半年間継続します。私の臨床経験では、半年経って服用を中止しても痛みが再発するケースはあまりありません。このように、痛みは適切にコントロールすることによりいつの間にか消失してしまうのです。
トリプタノールの副作用が強く出る場合には、ノリトレン(薬品名:ノルトリプチリン)に切り替えます。この薬も三環系抗うつ薬ですが、トリプタノールよりも口の渇きや便秘の副作用が少ない薬です。
(2)抗けいれん薬
てんかんの発作を抑えるために用いられるのが抗けいれん薬で、神経細胞の異常な興奮状態を抑える作用があり、この働きによって神経障害性疼痛を抑えてくれます。抗けいれん薬で神経障害性疼痛に対してよく使用されているのがリリカ(薬品名:プレガバリン)とガバペン(薬品名:ガバペンチン)です。
舌の痛みを伝える三叉神経は延髄、橋、頚髄上部に至る感覚根まで走行し、その先に続く脳内の神経線維に痛みの信号を送ります。この神経線維の接続部(シナプス)にあるカルシウムチャンネルのα2δサブユニットという部分にリリカやガバペンがくっ付くことにより、神経線維内部へのカルシウムイオンの侵入を妨害します。この作用が痛みの神経伝達を抑え、痛みを軽減させることにつながるのです。
(3)トラムセット
三環系抗うつ薬やリリカが使用できない、あるいはこれらの薬が効果を発揮しない場合の次善策が麻薬系鎮痛薬の服用です。トラムセットは麻薬系鎮痛薬の代表的薬剤で、トラマドールという麻薬系鎮痛薬とカロナール(薬品名:アセトアミノフェン)という解熱鎮痛薬を組み合わせた薬です。一般的に、麻薬系と聞くと「麻薬中毒」や「禁断症状」というような言葉が連想されがちです。確かに、痛みのない健康な人がモルヒネなどの麻薬系鎮痛薬を使用すると麻薬中毒や禁断症状に陥る場合があるものの、痛みを持つ人が痛みを抑えるために必要な範囲で麻薬系鎮痛薬を使用する場合は、中毒も禁断症状も起こらないので心配は無用です。
(4)三環系抗うつ薬以外の抗うつ薬
三環系抗うつ薬は古いタイプの抗うつ薬ですが、神経障害性疼痛に対しては新しく開発された抗うつ薬より効果があるため、第一選択薬として使用されています。ただし、眠気や口の渇き、便秘などの副作用が出やすいという欠点があり、頻度は低いものの心臓の動きに悪影響を与える場合もあります。三環系抗うつ薬が適さない場合には別のタイプの抗うつ薬が用いられます。
SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
サインバルタ(薬品名:デュロキセチン) トレドミン(薬品名:ミルナシプラン)
SSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)
パキシル(薬品名:パロキセチン)デプロメール、ルボックス(薬品名:フルボキサミン) ジェイゾロフト(薬品名:セルトラリン) レクサプロ(薬品名:エスシタロプラム)
NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)
リフレックス、レメロン(薬品名:ミルタザピン)
(5)カロナール
頭痛や生理痛時に服用する鎮痛剤は、舌痛症に対してあまり効果を発揮しません。このタイプの消炎鎮痛薬は、舌炎などで炎症を起こした舌の痛みを速攻で抑える働きがありますが、神経障害性疼痛は舌の粘膜に炎症があるわけではなく、シナプスなど舌から離れた神経組織に炎症ではない痛みの原因が存在するため、消炎鎮痛剤は効かないのです。ただし、鎮痛剤の中でもカロナール(薬品名:アセトアミノフェン)は例外的に舌痛症に対して効果があります。カロナールは下降抑制系という脳の働きを助けることにより、三叉神経の感覚根部分にあるシナプスで痛みを抑制します。
カロナールは鎮痛薬としては比較的副作用が少ないため、解熱薬や鎮痛薬として妊婦や小児によく使われる薬です。
(6)漢方薬
神経障害性疼痛に対する第一選択薬は三環系抗うつ薬、あるいは抗けいれん薬であると述べましたが、副作用のため使えない場合があります。主に心臓や腎臓に持病があるケースが該当しますが、うつ病やてんかんに使う薬を使うこと自体に抵抗を感じる人も少なくありません。そのような場合は漢方薬が適しています。体質に合う漢方薬を正しく選択すれば副作用はめったに出現しません。
漢方薬が有効であるとはいえ、もちろん舌痛症の特効薬があるわけではありません。漢方薬はそれぞれの病気に対して使う薬(方剤)が決まっているのではなく、その人の体の状態や体質に合わせて使う漢方薬を選択する必要があります。そのため、同じ病気でも患者さんごとに使う薬(方剤)が異なります。逆に舌痛症や胃もたれ、腹痛、月経不順など異なる症状や病気に対して同じ方剤を使うこともよくあります。また、ひとつの薬の効果により全ての病気や症状が同時に治ることもあります。
舌痛症に対して方剤を選ぶ際には、「気が不足している」「血が滞っている」「湿が多く熱がある」といった病状(証)を確認し、それらを治す働きがある方剤を選びます。また、舌先は「心」や「肺」の領域、舌の横(舌縁部)は「肝」の領域とされるため、これらを統合して「心熱」や「肝気鬱結」に効く方剤を選んでいきます。
(7)抗不安薬
人間関係に強いストレスを感じる、人前に出ると緊張してドキドキする、痛みのことが気になって寝つけないなどの症状がある場合は、抗不安薬の服用がかなりの効果を発揮する場合があります。いつの間にか舌の痛みまで緩和されることもあります。ほとんどの抗不安薬はベンゾジアゼピン系の抗不安薬(精神安定剤)で、睡眠薬としても使用されています。即効性のある薬ですが飲み続けると「薬剤耐性」が出やすく、だんだん効きが悪くなっていきます。また薬を止められない依存性に陥りやすいため、短期間の使用に適した薬であるといえるでしょう。
(8)リボトリール
ベンゾジアゼピン系抗不安剤で抗けいれん薬でもあるリボトリール(薬品名:クロナゼパム)は、舌痛症の治療薬としても用いられています。内服する他、錠剤を二つに割って口に含み、4分間で吐き出すという使用方法もあります。
(9)局所麻酔薬
神経障害性などの慢性的な痛みは、無痛期間が続くとそのまま自然に痛みがなくなるという特徴があります。痛みを感じなくさせる即効法は麻酔薬の使用で、痛む部分に局所麻酔タイプの塗り薬を使用する治療法があります。歯の周囲に生じた神経障害性の痛みに対しては、歯型を採ってマウスピースのような装置を作り、その中に局所麻酔薬のジェルを塗布して歯に装着するという方法があります。しかし舌にはこのような装置が使えないため、塗った薬がすぐ唾液で流れてしまうという難点があります。
(10)トウガラシ
寒くなってしもやけが足にできたとき、靴底にトウガラシを入れるとホカホカして楽になりますね。これはトウガラシが足裏の皮膚を刺激することで血行が良くなると同時に、トウガラシ自体に痛みを和らげる効果があるからです。同様に、舌痛症にもトウガラシを利用することができます。もちろん、靴にトウガラシを入れるように口の中にトウガラシを入れておくわけにはいきません。
ではどうするかというと、タバスコを舌の上に数滴垂らすという方法です。また、トウガラシの辛み成分であるカプサイシンが入ったカプサイシンクリームやトウガラシチンキを舌に塗る方法もあります。ただし、いずれも本来は舌につけるものではないため、使用する場合は様子を見ながら自己責任で試してみてください。
(11)立効散うがい
立効散は「抜歯後の疼痛、歯痛」のみ適応されている歯科独自の漢方薬で、防風、細辛、升麻、竜胆、甘草の5つの生薬がブレンドされています。鎮痛作用(細辛、升麻、防風)、抗アレルギー作用(細辛)、解熱作用(細辛、升麻、防風)、抗炎症作用(升麻、防風、竜胆)、鎮静作用(甘草)を持ち、舌痛症の痛みを抑えてくれます。近年、舌痛症は神経障害性疼痛と見なされ、カプサイシンレセプターであるTRPV1が関与しているとされています。細辛に含まれるメチルオイゲノールがTRPV1のアンタゴニストとして働くことで、舌の痛みを抑制している可能性があります。
立効散うがいの方法は、一袋(2.5g)を100mlの白湯に溶かして口に含み、30秒以上口の中に行き渡らせてから、飲み込みます。これを二口か三口、繰り返します。1日3回、食前に実施します。他の漢方薬を飲んでいて、追加が難しい場合は立効散を口に含んだ後に吐き出しても構いません。
(12) クロナゼパムうがい
クロナゼパム(商品名:リボトリール、ランドセン)には多様な働きがあり、抗てんかん薬、筋弛緩薬、抗不安薬として用いられます。舌痛症の痛みが舌から脳に伝わる途中で、クロナゼパムが痛みを抑える神経伝達物質GABAの働きを強化し、舌の痛みを和らげてくれます。
クロナゼパムうがいの方法は、1㎎錠を半分に割って4分間口に含み、吐き出します。1日4回、毎食後と就寝前に実施します。