疼痛恐怖
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これから歯の治療が始まるという瞬間、「痛みがくる」という恐怖を感じるのは当たり前のことです。もちろん、その日の歯の状態や治療内容によっては実際に痛みを感じることもあるでしょう。これから起こり得る悪い事態を予測し、恐れる心理状態を「予期不安」といいます。
実際の診療では、痛みを感じる場合は麻酔を追加し、痛みを感じなくなるまで待ってから治療を再開します。万一、麻酔を追加しても痛みがなくならない場合は治療内容を変更することもあるでしょう。
その日の歯の状態や治療内容から、通常の麻酔では治療中に痛みが生じる可能性があると判断される場合は、治療前に十分な麻酔を行っておくことが重要です。
歯の治療前に痛みへの恐怖感、すなわち「疼痛恐怖」が強いと治療中に痛みを感じやすくなります。私たちの心理は心配すればするほど、心配事が実際に起こりやすくなるといわれています。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。それには「疼痛閾値」が関与しています。
疼痛閾値とは、どの程度の痛みの刺激で実際に痛みを感じるのか、つまり痛みを感じる最も弱い痛み度数のことです。当然、疼痛閾値以下であれば痛みを感じず、疼痛閾値以上であれば痛みを感じます。疼痛閾値とは痛みの感じやすさです。
疼痛閾値には決まった基準はなく、一人ひとりの疼痛閾値は異なり、痛みを感じやすい人も感じにくい人もいます。また、同じ人でも状況により疼痛閾値が高くなったり低くなったりします。疼痛閾値が高くなると痛みを感じにくくなり、低くなると痛みを感じやすくなります。なぜ疼痛閾値が変化するのか。それは脳内で痛みを感じるメカニズムが変化するためです。実際には、脳内の痛みを伝える神経細胞の働きが変化したり、痛みを伝える神経伝達物質の量の増減が影響を及ぼすとされています。
上述の通り、疼痛恐怖があると痛みを感じやすくなるのは疼痛閾値が下がるからです。疼痛閾値が下がる要因には恐怖や不安の他に不快感、不眠、疲労、怒り、悲しみ、うつ状態、孤独感、喪失感、倦怠感、内向的心理状態、社会的地位喪失があります。痛みだけに集中すること、痛みをコントロールできないと考えること、また痛みにより不測の事態が起こり得ると考えることも疼痛閾値を下げる原因となります。
疼痛閾値が上がる、すなわち痛みを感じにくくなる要因もあります。睡眠、休息、周囲の人たちとの共感、理解、人との触れ合い、気分の高揚、気晴らし、不安の減退です。痛みはコントロールできる、痛みは単なる痛みに過ぎないことを正しく理解して意識しましょう。鎮痛薬、抗不安薬、抗うつ薬を用いて痛みを感じにくくすることも可能です。