口の中にできるがんは内臓にできるがんとは違い、直接見ることができます。それなら容易に早期発見できそうですが、実情はそうではないと統計が物語っています。口腔がんの進行度は大きさや深さ、隣接臓器への浸潤により、T1からT4のいずれかに分類されます。大雑把にいうと、大きさが2㎝以下がT1、2㎝から4㎝のものがT2、4㎝以上のものがT3、隣接臓器に浸潤しているものがT4です。2㎝近いできものであればすぐに気付きそうですが、T1で発見される口腔がんは全体の半分以下に過ぎません。つまり、半分以上の口腔がんは2㎝以上の大きさになるまで放置されているわけです。
気になればすぐ確認できる、見ればおかしいとわかる口腔がんがなぜ放置されてしまうのでしょうか。容易に見ることができるとはいえ、手の甲を見るように口の中を直接見ることはできません。もちろん鏡に映す必要があります。その際、入り口が狭く奥に広がる形状を持つ口腔中は鏡に映しにくい部分が多くあります。光が入りにくいため、上手にのぞかなければなりません。何となく気にはなっても、どこがどうなっているのかのぞいてもよくわからず、そのうち気にしなくなって放置されてしまうのかもしれません。「正常化バイアス」という言葉をご存知ですか。「変な気もするが、気のせいだろう」「自分に限ってがんになるはずがない」と意識しないようにする、人間の心理を指した言葉です。
大学病院の口腔外科では多くの口腔がんの患者さんを診察し、総合病院勤務時代や開業後も口腔がんの患者さんはしばしば来院されました。中にはこんなに進むまでどうして放っておいたのかと不思議に思うような方もいましたが、本人は気付かなかったのではなく、気付いていたけれども大したことはないだろうと軽く考えていたようです。その結果、残念なことに病院に来られた時点で手術不可能と判断せざるを得ないケースが何度もありました。何とかならないものかと放射線照射や抗がん剤による治療を試みましたが、ほとんどの患者さんは回復することなく亡くなりました。やはり、早期発見が何よりも大切なのです。
口腔がんの初発症状で最も多いのが痛みで、他には腫れ、赤味、白斑、違和感などがあります。これらの症状の多くは口内炎や歯周病などの病気ですが、中には口腔がんの場合もあります。従って、自分だけで判断せず、一度は口腔外科で診てもらうことをお勧めします。近くに口腔外科がない場合は歯科や耳鼻咽喉科を受診しましょう。