1.舌がん
舌の痛みを訴えて来院される患者さんの中には、舌がんではないかと密かに心配されている方が少なくありません。舌がんの大部分を占めるのは扁平上皮癌ですが、口腔粘膜にできた扁平上皮癌の半分以上のケースで痛みが初期症状として見られたという報告もあります。そのため、舌が痛いという患者さんを診察する際、「がんがあるかどうか」は最優先チェックポイントです。
私(樋口)の臨床経験では、舌が痛いと訴えて受診された方のほぼ全てが舌がんではありませんでした。一方、痛みは感じないがいつまでも出来ものがあるとか、口内炎が治らないといった患者さんの中には舌がんの方がいらっしゃいました。したがって、「舌が痛い=舌がん」ではないというのが実際のところですが、舌がんの可能性がゼロともいえません。「舌が痛むが我慢できる範囲だからそのままにしておこう」とは考えず、専門家の診察を受けることをお勧めします。
2、ドライマウス
口の粘膜が乾燥する病気を「ドライマウス」といいます。ドライマウスには唾液の出が悪いタイプと口呼吸により唾液の蒸発が異常に多いタイプがありますが、いずれにしても粘膜が乾燥した状態であることには変わりありません。唾液は粘膜の潤いを保つことにより、粘膜が傷ついたり細菌やカビが繁殖したりすることを防ぐ役割がありますが、ドライマウスになるとこの働きが損なわれてしまいます。その結果、粘膜が傷ついて痛み、細菌やカビが繁殖することになるのです。
3.口腔カンジダ症
口腔カンジダ症は口の中にカビ(真菌)が繁殖する病気です。口腔カンジダ症に罹患した舌は白い膜のようなものが貼り付く場合の他、舌が赤くなる場合もあります。ガーゼでこすると白い膜が取れてしまうのがカンジダ症の特徴です。
カンジダ菌が繁殖すると粘膜が傷ついて痛みが生じます。元来誰の体にも棲み着いている無害なカビですが、免疫力の低下や長期にわたる抗生物質の服用により、繁殖して症状が現れます。ドライマウスもカンジダ菌が繁殖しやすい病的な状態といえます。
4.歯ぎしり、食いしばり
一度、鏡を見てください。舌の縁がギザギザしていませんか。舌を歯に押し付けていると、舌に歯の型が付いてしまいます。それは食いしばっているからです。試しに奥歯に力を入れてグッと食いしばってみてください。舌にも力が入り、きっと歯を押しているはずです。今度は2~3㎜上下の歯を離してみましょう。舌が歯を押していませんね。それが正常な状態です。
舌を歯に押し付けていると舌にギザギザが付きますが、同時に舌が傷つきやすい状態になっています。舌が傷つけば、歯が痛むことにもなるのです。
5.歯のトラブル
虫歯で穴があいたり怪我をして歯が欠けたりした場合、歯の一部が尖っていると舌が傷ついて痛みます。詰め物やかぶせ物の端が歯に合わず尖っている場合も同様です。入れ歯の金具によって舌が傷つく場合もあります。
6.口腔扁平苔癬
粘膜が赤くなる部分と白くなる部分が入り混じった病気を「口腔扁平苔癬」といいます。触ると痛み、刺激物を口に入れてもしみて痛みます。粘膜の一部を切り取る組織検査を行って病理標本を作製し、顕微鏡で観察してみると、粘膜直下にリンパ球が集まり強い炎症が起こっていることがわかります。「炎症があると痛みが生じる」ことを理解しておきましょう。
両側の頬粘膜に左右対称に病変が見られる場合が多く見られますが、舌の粘膜にも現れます。この病気の原因は不明で、がん化することもあります。
7.扁平苔癬様病変
歯科金属アレルギーや薬物アレルギー、移植片への拒絶反応の結果、口腔扁平苔癬とよく似た病変が口腔粘膜に現れることがあり、「扁平苔癬様病変」といいます。舌に扁平苔癬様病変が生じれば、やはり痛みます。口腔扁平苔癬が左右対称的に発生するのに対し、扁平苔癬様病変は片側だけに生じることもあります。
8.紅板症
原因が特に見当たらないにもかかわらず、粘膜が赤くなる病気が「紅板症」です。舌の粘膜に発生すると刺激物がしみて痛みます。紅斑症はがん化する可能性が高い要注意の病気です。
9.亜鉛欠乏症
亜鉛は体に必要不可欠な栄養素です。大量に汗をかく、腎臓の状態が悪化する、ミネラルの乏しい食事を続ける、腸の消化吸収に異常が生じた場合などに亜鉛不足に陥りやすくなります。亜鉛は粘膜の損傷を修復する際にも必要となる栄養素で、不足すると粘膜の修復が遅れます。その結果、舌の痛みと同時に味覚の異常も生じやすくなるのが特徴です。
10.鉄欠乏性貧血
血液の中には白血球や赤血球、血小板、血漿などが含まれています。赤血球は肺を通過する際に酸素と結びつき、体内の各臓器に酸素を運ぶ働きがあります。その際に必要となるのが鉄分で、不足して貧血状態となる病気が「鉄欠乏性貧血」です。
亜鉛と同様に鉄も粘膜の修復に利用されるため、鉄不足が生じると貧血の他に皮膚や粘膜にも損傷が起こります。鉄欠乏の結果、舌炎が生じて痛みが出ます。鉄欠乏性貧血、舌炎、スプーン状爪が見られる状態を「プランマービンソン症候群」といいます。
11.ハンター舌炎
口の粘膜は新陳代謝が非常に盛んで、数日から2週間程度で新しい細胞に入れ変わっていきます。皮膚では約28日の周期で入れ替わるので、口の粘膜の新陳代謝がいかに速いかがお分かりになるでしょう。「口の中の傷はすぐに治る」といわれる所以です。ビタミンB12はこの新陳代謝に関与する大切な栄養素で、ビタミンB12が欠乏すると粘膜が荒れて痛みます。「ハンター舌炎」はビタミンB12欠乏によって舌が痛む病気です。
12.腺様嚢胞がん
舌粘膜内部の唾液腺がガン化した唾液腺がん中で最もよく見られるものです。このがんは神経の周辺に浸潤しやすく、舌の痛みがよく出現します。舌がんのほとんどが粘膜の表面に腫瘤や潰瘍が見られる扁平上皮癌ですが、腺様嚢胞がんは粘膜の表面に変化が現れないため、大きくなるまで見つかりにくいがんといえます。
13.血管腫、血管奇形
血管の増殖や拡張によって舌が赤く膨らむ病気として、血管腫や血管奇形があります。血管に異常が生じると、血管の拡張や血管による周辺組織への圧迫による痛みが生じます。また、血管中に血栓が生じると血液の流れに異常が起こり、痛みにつながります。