生まれつき、痛みを感じたことがない人がいます。一見羨ましがられそうですが、実際は怪我や骨折が絶えない、困った病気なのです。遺伝性で同一家族に多発する稀な病気です。
先天性無痛症は、異常が生じている遺伝子の違いにより3タイプに分けられます。SCN9A、NGF-b、PRDM12に異常が見られるのが先天性無痛症で、NTRK1に異常が見られるのが先天性無痛無汗症です。
SCN9Aの点変異により、神経細胞や筋肉にあるナトリウムチャネルのNav1.7が機能しなくなった家系があります。Nav1.7には痛みを伝える働きもあり、この働きがなくなって無痛症が生じています。
Nav1.7が別の点変異を起こした家系では、運動や体温上昇により痛みと皮膚の発赤が生じる先端紅痛症が生じています。
NGF-b、PRDM12、NTRK1の変異は末梢の神経線維の形成を妨げます。痛みを伝えるAδ線維やC線維の減少や欠損が見られ、痛みが中枢に伝わらなくなります。
Danzigerらの論文には先天性無痛症の32歳の女性が弟を亡くした後、生まれて初めて痛み(緊張型頭痛)を感じたことが報告されています。身体で痛みを感じることは不可能でも、心で痛みを感じることはできるという実例です。
実際には、心ではなく脳で感じているのでしょう。弟を亡くすという強い情動刺激が視床を通って帯状回、島皮質、前頭前野などに入り、痛みとして感じることができたのではないでしょうか。
Danziger, N., & Willer, J. C. (2005). Tension-type headache as the unique pain experience of a patient with congenital insensitivity to pain. Pain, 117(3), 478-483.