残念ながら、現状ではどのような治療を行っても、進行がんを治癒させることは困難です。進行して拡大した口腔がんを切除するには、顔面の皮膚や頚動脈、時には脳までを切除しなければなりません。そうなると、がんは取り切れたとしても、大きな機能障害や審美障害が残ることになります。加えて、頻繁に再発や転移が生じることから、長期生存が難しい状況に陥ります。このような進行がんに対しては、抗がん剤による化学療法や放射線照射が治療の中心となりますが、治療成績は決して良好とはいえません。
そんな中、「ホウ素中性子捕捉療法」は進行がんに対してある程度の効果が期待できる、数少ない治療法です。「10B(ホウ素10核種)」という放射線同位元素に弱い中性子線を当てると、次のような核反応を起こします。
10B+→7Li+4He
核反応によって発生する高エネルギーの7Liや4Heは、周囲の細胞を殺す強い力を持っていますが、わずか数ナノメートルしか拡がらないため、10Bのある部分の組織だけを破壊します。そこで、がん細胞が正常細胞より増殖が盛んな性質を利用して、10Bをがん細胞に取り込ませます。そして、そこへ弱い中性子を当てることにより、がん細胞だけを選択的し、破壊することができるというものです。
この治療法は、当院長の母校、大阪大学歯学部付属病院の第2口腔外科で実施中ですが、中性子の照射は大阪府熊取町の京都大学原子炉実験所、あるいは茨城県東海村の日本原子力研究開発機構で受けていただくことになります。