無垢の博物館
トルコのノーベル賞作家・オルハン・パムクの恋愛小説です。主人公は起業家の息子でアメリカの大学を卒業してイスタンブールで会社を経営しています。しかし、婚約者をそっちのけにしていとこである娘を追いかけまわします。谷崎潤一郎の『痴人の愛』のような倒錯した場面が続きます。天真爛漫な偏執狂ですが、そんな人間が実在するとは思えません。
ノーベル賞作家だけあって、文章はとても読みやすく、イスタンブールの文物や西欧に対する劣等感、人間関係など読んでいて楽しめる部分は多々あります。しかし、心理描写がほとんどなく、読者が想像する手がかりもほとんど残されていません。
主人公が恋人にした仕打ちについての主人公の内省は全くといっていいほどありません。恋人の内心を想ってやきもきしたり、恋人が示した行為の意図を考えようとしたりする場面もありません。すべて読者に考えさせようというのは、殺生です。ビクトール・ユーゴーやドストエフスキーの小説のような心理描写を読みたいものです。