助郷
宿場に常備されている人馬が足りなくなったときに周囲の村から人馬を提供させる制度のことを助郷といいます。東海道では1000人100馬、中山道では50人50馬、西郷工藤のような脇街道では25人25場が常備されていました。
宿場に常備されている人馬が足りなくなったときに周囲の村から人馬を提供させる制度のことを助郷といいます。東海道では1000人100馬、中山道では50人50馬、西郷工藤のような脇街道では25人25場が常備されていました。
時代劇に登場する大名行列では「下に、下に」の掛け声とともに先頭のヒゲやっこが毛槍を振り回して進みます。実際には何百kmもの行程をこのように進むわけではないようです。このようなことをしていると、平均10里(40km)を毎日…
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私が大阪大学に入学して以来、豊中市、池田市、吹田市、箕面市と何度も転居しました。家の近くにはいつも西国街道が走っていました。 西国街道は京都から西宮を結ぶ街道で、西宮で山陽道と名を変えて、中国や九州に続いていきます。古代…
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茨木市郡山宿にあった本陣の一般公開に参加しました。正式には郡山宿本陣ですが、入り口の御成門を入った庭に椿があることから「椿の本陣」と呼ばれていたそうです。 3月11日の日曜日は春の特別公開の最終日に当たり、大勢の見学者で…
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