特定機密法案とテロリズム

時事問題 2013年12月03日

テロリズムの定義として国際的に広くコンセンサスを得ているものはないと思います。モスクワ劇場立てこもり事件や天安門広場車突入事件はテロとされまし た。確かに巻き添えを食って殺された被害者にとってはテロ以外の何物でもないでしょう。一方で、チェチェンやダゲスタン、東トルキスタン(新疆)では夥しい人々が殺されていることをどう捉えたらよいのでしょう。

安重根はテロリストでしょうか。それとも英雄でしょうか。
直接的な利害関係のない一般大衆を狙った殺傷であればテロ行為であり、実行犯はテロリストでしょう。しかしながら、日韓併合に関与したと当時の朝鮮人に考えられていた伊藤博文だけを狙って殺害したことをテロと言うのは言い過ぎだと感じました。学校の日本史の授業で習った以上の知識はないので間違っているかもしれませんが、時の政府は安重根をテロリストと断じたようです。マスコミや市井の人々もテロリストと信じたのでしょう。時代の空気とはそのようなものなのでしょう。

一方で韓国で銅像まで建立されていて国民的英雄とされています。ソウルを訪れた際には私もその銅像を見上げた記憶があります。人ごみの中で白昼堂々と生身 の人間を殺した人を英雄としていいのか大変難問に思いますが。当時の抑圧された朝鮮人としてはやむにやまれぬ行動であったのでしょう。現代の日本人である 私にはその心情を想像することはなかなか難しいと思います。

テロリズムとは何でしょう。先に述べたように、直接的な利害関係のない一般大衆をまきこんで殺傷する行為であり、それを是認する信条でしょう。その理由としては、宗教的、民族的、思想的な少数者が抑圧され、社会的、経済的、身体的に迫害されたといったことがあるのでしょう。これらの理由で多数の死者が出ることは過去にも現在にも世界各地で起きています。

抑圧された少数者、家族を殺された人々が権力者や大勢に対して力で対抗しようとすればテロリストとなります。為政者や大国にとっては力で刃向う者はテロリストであり、そのような行為はテロとなるのでしょう。

抵抗者は自分のことをよもやテロリストとは思わないでしょう。「宗教弾圧に対するプロテスタント」「民族自決」「圧制に対する生存闘争」と信じて必死にもがいているのでしょう。